小道具が物語る、酒造りの“姿勢”
ぶんじとは、樫(かし)やケヤキなど堅い材質の一枚板でつくられたスコップのような道具。蒸米や麹(こうじ)づくりの工程に使用するほか、米が蒸し上がったときの「検蒸」(けんじょう/蒸米をすりつぶして「ひねり餅」という餅をつくり、米に芯がないかどうかをチェックする作業)でも、杜氏がぶんじの上で蒸米をこねて餅をつくる。
さる(こま)は、甑穴(こしきあな/釜で発生した蒸気を甑内に導入するために甑の底にあけられた穴)の上に設置し、釜から上がってくる蒸気を均一に分散させるための小道具。名前の由来は、その形状が猿の伏した姿に似ているから、あるいは材質の杉(赤みを帯びている)が猿の赤い尻を連想させるから、など諸説ある。
剣菱を造るうえで使用するのは「さる」だけだが、酒造りの道具にはそれ以外にも「つばめ」「うぐいす」「ハト」「キツネ」など、動物の名称が付いたものが多い。その理由は、かつては現在のような義務教育の制度がなく、小学校を出たぐらいの年齢から蔵で働き始めることも多かったため、誰もが理解できて、なおかつ親しみが湧きやすい動物の名前で呼んでいたといわれている。
また、かつては現在のようになんでも簡単に手に入る時代でもなく、ぶんじ、さるともに蔵人(くらびと)の手づくり。現在は、その技を今に受け継ぐ自社の木工職人が製作の役割を担い、削るなど巧みに調整を加えながら使い続けている。
必要な道具は、自分のなかから見つけ出す――。
道具の名称だけでなく、そんな酒造りにかける姿勢も、剣菱には今も脈々と受け継がれている。